祭 詞
| 祭詞は当日神事の際に勅使がご神前で読み上げるもので下記のように書かれている。 | |
![]() |
|
|
平安時代の末に平氏は滅亡したが平氏討伐に当たって武雄神社では源氏の勝利を祈って、平氏討伐の祈願を行ったことが鎌倉幕府に伝えられ、源頼朝の「御教書」を持った幕府の使者 天野遠景と勅使 藤原基氏が御礼参拝をした。
その時、武雄領主 鍋島(後藤)宗明は歓迎の流鏑馬を行った。それ以降、武雄神社の供日には流鏑馬が奉納されると伝えられている。
流鏑馬、笠懸、犬追物は鎌倉時代からはじまった武士の武芸であったのである。
源頼朝の袖判のある「関東御教書」は現存しており、佐賀県下ではただ一通で次のように書かれている。
大宰府雑掌惟氏申
号社
肥前国武雄社 神官等所
府給
右今度平氏追討御祈祷之由、神妙之旨被召聞畢、追御計有之由、依鎌倉殿仰
執達如件、文治二年三月十日 盛時奉
(ふるさとの歴史散歩・武雄編より)